8月8日
この『風の歌を聴け』は、
1970年8月8日に始まって8月26日までの18日間の物語だ。
そして、
今日はちょうど54年後の8月8日だ。
これが55年後だったらキリが良かったんだけど、
まあそうはうまくいかないものなのだ。
でも8月8日に始まるのは、
悪くない。
そんなわけで、
村上春樹【風の歌を聴け】で流れる音楽たちの第1回目。
タイトルバックに流れる音楽は『ムーンライト・セレナーデ』
…『風の歌を聴け』という最初の小説を書いたとき、
―村上春樹: ポートレイト・イン・ジャズ
もしこの本を映画にするなら、
タイトルバックに流れる音楽は
『ムーンライト・セレナーデ』がいいだろうなと
ふと思ったことを覚えている。…
映画では流れなかった Moonlight Serenade
ここに出てくる『Moonlight Serenade』は、
別に『風の歌を聴け』の中で流れているわけではない。
ただ作者が2008年出版の『ポートレイト・イン・ジャズ』の中で、
上記のように語っていたのでこの曲から始めたい。
この物語の映画のタイトルバックに流れる音楽としてこの曲を挙げているのだから、
やはりそこは無視するわけにはいかない。
映画『風の歌を聴け』
その映画にするならは、
1981年に大森一樹監督が映画化。
ただ作者の想いとは別で、
その映画のタイトルバックにこの曲が流れることはなかった。
何しろ語られたのは映画化された27年後だし、
同じ芦屋市立精道中学校の三年後輩とはいえ大森監督がこのことを知っていたはずもない。
仮に知っていたとしても、
あの映画の雰囲気にはこの曲はあまり合わなさそうだ。
Glenn Miller and His Orchestra: Moonlight Serenade
Track | Title | Written by |
A | Sunrise Serenade | Frankie Carle |
B | Moonlight Serenade | Glenn Miller |
最初は違うタイトルだった
この『Moonlight Serenade』は、
1939年にBlubirdからフランキー・カールが書いた『Sunrise Serenade』と共にリリースされている。
書いたのは、
グレン・ミラー。
元々は1935年に書かれた歌詞付きの曲で、
タイトルは『Now I Lay Me Down to Weep』。
その後、
曲は出版社をいくつか渡り歩く。
その度に『Gone with the Dawn』とか『The Wind in the Trees』といったタイトルが付けられ、
それぞれ違う歌詞で唄われることになる。
リリース前年の1938年には、
ミラーが結成していた楽団でも演奏されていて既に代表曲になっていた。
1939年のヒット曲の1つに
ところでこの曲が今のように『Moonlight Serenade』になったのは、
その頃ミラー楽団が吹き込んでいた曲が『Sunrise Serenade』だったからという話がある。
シングルA面・B面にそれぞれ『Sunrise』と『Moonlight』のセレナーデが並ぶのは、
悪くないアイディアだ。
1939年4月、
結局A面『Sunrise Serenade』と共にB面で『Moonlight Serenade』はリリースされる。
そしてA面以上の大ヒットとなり、
何ヶ月もの間チャート上位に留まることになるのだ。
ちなみにA面の『Sunrise Serenade』は、
グレン・グレイとカサ・ロマ・オーケストラがミラーより一ヵ月程早く初めて世に出した曲。
ジミー・ヴァン・ヒューゼンとエディー・デ・ランゲが書いたA面『Heaven Can Wait』と共に、
3月にリリースされている。
A面は、
クライド・バークが唄っている。
Track | Title | Written by |
A | Heaven Can Wait | Jimmy Van Heusen, Eddie De Lange |
B | Sunrise Serenade | Frankie Carle |
1939年グレン・ミラー他のヒット
この年、
グレン・ミラーは他にもヒット曲を何曲もチャート送り込んでいる。
Stairway to the Stars
5月B面『To You』と共にリリースされた『Stairway to the Stars』は、
Billboardチャートで4W1位で13Wチャートに留まった。
書いたのは、
ミッチェル・パリッシュ / マティ・マルネック / フランク・シニョレッリ。
B面の方は、
トミー・ドーシー / ベニー・デイビス / テッド・シャピロ。
レイ・エバリーが、
どちらも唄っている。
Track | Title | Written by |
A | Stairway To The Stars | Parish, Malneck, Signorelli |
B | To You | Dorsey, Shapiro, Davis |
Moon Love
6月『Cinderella (Stay In My Arms)』と共にB面でリリースされた『Moon Love』は、
Billboardチャートで4W1位で16Wチャートに留まった。
書いたのは、
アンドレ・コステラネッツ / マック・デイビッド / マック・デイビス。
B面の方は、
ジミー・ケネディ / マイケル・カー。
唄っているのは、
どちらもレイ・エバリー。
Track | Title | Written by |
A | Cinderella (Stay In My Arms) | Jimmy Kennedy, Michael Carr |
B | Moon Love | David, Davis, Kostelanetz |
The Man With The Mandolin
7月『The Little Man Who Wasn’t There』と共にリリースされた『The Man With The Mandolin』は、
Billboardチャートで7W1位で15Wチャートに留まった。
書いたのは、
ジェイムズ・キャヴァノウ / ジョン・レドモンド / フランク・ウェルドン。
B面の方は、
ハロルド・アダムソン / バーニー・ハニゲン。
マリオン・ハットンが『The Man With The Mandolin』を、
テックス・ベネキーが『The Little Man Who Wasn’t There』を唄っている
Track | Title | Written by |
A | The Man With The Mandolin | Cavanaugh, Redmond, Weldon |
B | The Little Man Who Wasn’t There | Harold Adamson, Bernard Hanighen |
Over the Rainbow
8月B面『Ding-Dong! The Witch Is Dead』と共にリリースされた『Over the Rainbow』は、
Billboardチャートで7W1位で15Wチャートに留まった。
書いたのは、
両曲E・Y・ハーバーグとハロルド・アーレン。
レイ・エバリーが『Over the Rainbow』を、
マリオン・ハットンが『Ding-Dong! The Witch Is Dead』を唄っている。
Track | Title | Written by |
A | Over the Rainbow | E. Y. Harburg, Harold Arlen |
B | Ding-Dong! The Witch Is Dead | E. Y. Harburg, Harold Arlen |
Blue Orchids
8月B面『Baby Me』と共にリリースされた『Blue Orchids』は、
Billboardチャートで1W1位で12Wチャートに留まった。
書いたのは、
ホーギー・カーマイケル。
B面の方は、
アーチー・ゴットラー / ハリー・ハリス / ルー・ハンドマン。
レイ・エバリーが『Blue Orchids』を、
ケイ・スターが『Baby Me』をそれぞれ唄っている。
Track | Title | Written by |
A | Blue Orchids | Hoagy Carmichael |
B | Baby Me | Handman, Harris, Gottler |
In the Mood
9月B面『I Want to Be Happy』と共にリリースされた『In the Mood』は、
Billboardチャートで12W1位で30Wチャートに留まった。
書いたのは、
ウィンギー・マノン / アンディー・ラザフ / ジョー・ガーランド。
B面の方は、
アーヴィング・シーザー / ヴィンセント・ユーマンス。
Track | Title | Written by |
A | In the Mood | Joe Garland |
B | I Want to Be Happy | Irving Caesar, Vincent Youmans |
歌詞付きVer.
歌詞が付いた『Moonlight Serenade』は、
以前『The Wind in the Trees』として作詞したミッチェル・パリッシュが再び作詞。
1番最初は、
同じ1939年にディック・トッドが吹き込んだもの。
ウィラード・ロビスンとレイ・マイヤーが書いた、
A面『Guess I’ll Go Back Home (This Summer)』と共に6月にリリースされている。
Track | Title | Written by |
A | Guess I’ll Go Back Home (This Summer) | Willard Robison, Ray Meyer |
B | I Want to Be Happy | Irving Caesar, Vincent Youmans |
その後、
多くのヴォーカル・バージョンが生まれている。
I stand at your gate
―Steve Miller Band: Jet Airliner
And the song that I sing is of moonlight
I stand and I wait
For the touch of your hand in the June night
The roses are sighing a moonlight serenade…
あなたの門の前に立って
歌うは月夜曲
わたしは立って待っている
6月の夜にあなたの手が触れるまで
薔薇たちがムーンライト・セレナーデにそよいでいる…
Moonlight Serenade Covers
この曲のカヴァーとなると、
かなりの数がある。
ちょっと思い浮かべるだけでも、
10コくらいはすぐに出てくる。
Ella Fitzgerald
でも最初に思い浮かぶのは、
やはりエラ・フィッツジェラルド。
1959年、
アルバム『Ella Fitzgerald Sings Sweet Songs for Swingers』の収録曲。
フランク・デヴォルが、
編曲・指揮。
この曲に関しては、
特別強いインパクトがあるわけじゃあない。
それでも、
やはり彼女の歌声は何だか安心できる。
いつ聴いても、
決して色褪せることはない。
- エラ・フィッツジェラルド-ボーカル
- ハリー・エジソン-トランペット
- フランク・デヴォル-編曲家、指揮者
- 他は不明
Kurt Elling
あと、
カート・エリングも外せない。
2001年にリリースされた、
アルバム『Flirting with Twilight』でカヴァーしていてこれがなかなか良いのだ。
って言うか、
この人が唄えば大概の曲はそれなりに良くなってしまうのだけど。
このアルバムでエリングは、
グラミー賞最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞を受賞している。
- カート・エリング-ボーカル、アレンジャー
- ローレンス・ホブグッド -ピアノ、編曲家
- クレイ・ジェンキンス -トランペット
- ボブ・シェパード-ソプラノサックス、テナーサックス
- ジェフ・クレイトン-アルトサックス
- マーク・ジョンソン-コントラバス
- ピーター・アースキン-ドラム
Los Indios Tabajaras
面白いところでは、
ロス・インディオス・タバハラス。
ブラジル北東部セアラ州ティアングア出身、
アンテノール・リマとナタリシオ(ナト)・リマの兄弟のギター・デュオ。
1958年、
アルバム『Sweet And Savage』でこの曲を吹き込んでいる。
こういうのも、
たまには悪くない。
スウィングガールズ
もう20年も昔になるんだと時間の経過に驚くのが、
2004年公開の矢口史靖監督の『スウィングガールズ』。
東北学生音楽祭に何とかギリギリ間に合って、
最初に演奏したのがこの曲。
約3カ月の猛特訓であれだけ演奏できれば大したものだし、
上手い・下手の次元を超えたある種の感動があった。
おまけ
鼠はまだ小説を書き続けている。
――村上春樹: 風の歌を聴け
彼はその幾つかのコピーを毎年クリスマスに送ってくれる。
昨年のは精神病院の食堂に勤めるコックの話で、
一昨年のは「カラマーゾフの兄弟」を下敷きにしたコミックバンドの話だった。
あい変わらず彼の小説にはセックス・シーンはなく、
登場人物は誰一人死なない。
原稿用紙の一枚目にはいつも、
『ハッピー・バースデイ、そしてホワイト・クリスマス。」と書かれている。
僕の誕生日が12月24日だからだ。
最初は違うタイトルだったのは同じこと
ちなみに『風の歌を聴け』も、
この曲が『Now I Lay Me Down to Weep』だったように最初のタイトルは違っていた。
群像新人文学賞応募時のタイトルは、
鼠の小説の原稿用紙の一枚目にいつも書かれている『Happy Birthday and White Christmas』。
出版社がこのタイトルの改題依頼をした際、
作者はしばらく黙ってしまったらしい。
多分半分くらいは不承不承という感じだったようだけど、
最終的には作者本人が考えてきた現在のタイトル『風の歌を聴け』となる。
まあ『Now I Lay Me Down to Weep』は、
結局『Moonlight Serenade』に改題して正解だったろう。
では、
この物語のタイトルはどうだろう?
もちろん、
どちらも悪くない。
とは思うけれど、
深みのようなものは『風の歌を聴け』の方が勝っているかもしれない。
表紙に残された拘り
とは言え、
作者の拘りはちゃんと残されたままだ。
ちゃっかり、
出版された本の表紙には『Y BIRTHDAY AND WHITE CHRISTMAS』とある。
『HAPP』は『風』の文字の下に隠れて読めないけれど、
そう書かれていることは明白だ。
そこには何かしら意図を感じたりもするんあけど、
それはちょっと深読みし過ぎかもしれない。
それに文庫本だと、
ちゃんと『HAPPY BIRTHDAY AND WHITE CHRISTMAS』と読めるようになっている。
佐々木マキさんの表紙の絵
この佐々木マキさんの表紙の絵、
最初は?と思ったりしたんだけど今では結構好きな表紙になっている。
何度も読み返しているうちに慣れてきて、
やがて愛情が湧いたりするものなのだ。
この絵の中で倉庫に書かれた数字『8 2 6』、
8月26日はこの物語が終わる日だ。
そして、
その後の『ノルウェイの森』では直子が自殺する日でもある。
港の奥はに見えるのは、
神戸の町並みなんだろう。
斜面には、
プレスリーの『Good Luck Charm』をリクエストした女の子がいる病院の灯りが見えるに違いない。
ピンクのUFO(最初はそう思ってた)みたいな土星は、
物語の中で何か出てきたかな?
次回作『1973年のピンボール』では、
見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった『僕』に話をした土星生まれの学生が思い浮かぶけど。
月夜曲
2006年-2007年3月、
金沢21世紀美術館で『奈良美智展 Moonlight Serenade 月夜曲』が開催されていた。
この『Moonlight Serenade』を『月夜曲』と訳しているのが、
とても良い。
見に行きたかったけど、
結局は行けなかった。
その頃北陸新幹線が金沢まで伸びていたら、
もしかしたら行っていたかもしれない(開通したのは2015年だっけ?)
まあ、
そんなことは理由にはならない。
本当に行きたければ、
別に行けなくなかったわけだし。
そうやって、
したいと思ったことができなかった数はどんどんと増えていく。
もちろん、
逆も同じで。
したいということが以前より減ってきている気がするのは、
できた数がそれなりに増えたからとも言える。
最近ではしたいことがないわけではないけれど、
ただ穏やかに日常を過ごせるだけでも充分と思えるようになったきたのも事実だ。
Moonlight Serenade 関連 Playlist
それでは、
最後にMoonlight Serenade 関連のプレイリストを。
何だかグレン・ミラー特集みたいになっちゃった(21曲中16曲!)けど、
たまにこういう音楽を聴くのも悪くない。
21曲、
1時間4分。
01 Glenn Miller and His Orchestra: Moonlight Serenade
02 Glenn Miller and His Orchestra: Sunrise Serenade
03 Glen Gray & The Casa Loma Orchestra: Sunrise Serenade
04 Glen Gray & The Casa Loma Orchestra: Heaven Can Wait
05 Glenn Miller: Stairway to the Stars
06 Glenn Miller: To You
07 Glenn Miller: The Man With The Mandolin
08 Glenn Miller: Moon Love
09 Glenn Miller: Cinderella (Stay In My Arms)
10 Glenn Miller: The Little Man Who Wasn’t There
11 Glenn Miller: Over The Rainbow
12 Glenn Miller: Ding-Dong! The Witch Is Dead
13 Glenn Miller: Blue Orchids
14 Glenn Miller: Baby Me
15 Glenn Miller: In The Mood
16 Glenn Miller: I Want To Be Happy
17 Dick Todd with Orchestra and “The Three Reasons”: Moonlight Serenade
18 Dick Todd with Orchestra and “The Three Reasons”: Guess I’ll Go Back Home
19 Ella Fitzgerald: Moonlight Serenade
20 Kurt Elling: Moonlight Serenade
21 Los Indios Tabajaras: Moonlight Serenade
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